カテゴリー: 武術・基礎

  • 相手との相互関係

    相手との相互関係

    えーとですね。昨日、稽古の中でちょっと改めて思ったことがあるんですよ。

    武術の「技」の話なんですけどね。 よく、速く動けることが強さだと思われがちですが、実はこれ、相手のレベルに合わせてやらないと、技としては全く成立しないんです。 特に「スピード」の話です。

    自分だけが速くても「導き」にはならない

    自分がいくら速く動けるからといって、そのままのスピードで技をかけても、相手には何も伝わりません。 合気道の技なんかは特にそうですが、相手をこちらの意図する方向へ導くには、相手が反応できる、あるいは「ついていける範囲」のスピードや力加減で接してやる必要があるんです。

    ここを無視して、相手がついていけないようなスピードで無理強いしてしまうと、どうなるか。 人間っていうのは、自分の理解を超えた力が加わると、反射的に身構えちゃうんですよね。 警戒して、ガチっと体が固まってしまう。 そうなると、もうこちらの意図通りには動いてくれません。

    相手を置き去りにした「速さ」は、ただの自己満足でしかない。

    日常に潜む「独りよがりの技」

    で、これって、実は人間関係も全く同じなんですよね。

    私自身もね、よく忘れちゃうんですよ。 自分にとっては当たり前にできることだから、相手がまだ初心者であることをうっかり忘れて、自分のペースでぐいぐい進めてしまう。 「なんで分からないんだ?」と思うときは、大抵、自分が相手のスピードを無視して「技」をかけているときなんです。

    相手の歩調に合わせ、こちらが少しだけ導く。 その絶妙な加減があって初めて、人は抵抗なく動いてくれる。

    こういうことって、理屈で分かっていても、なかなかできないものです。 だからこそ、実際に体を動かして、相手と向き合う「武術」が必要なんだなと。 技が掛からない理由を、相手のせいにするんじゃなく、自分のスピードのせいだと気づけるかどうか。

    日常生活の中のちょっとした「噛み合わなさ」の原因が、実は自分のスピード調整ミスにあるんじゃないか。 そんなふうに自分を振り返れるのが、武術をやる面白さであり、いいところだなと、改めて感じています。

  • 肺の大きさ

    肺の大きさ

    あなたの「肺」は、思っているよりずっとデカい。

    今日は、自分の体の「設計図」を書き換えるような、ちょっと衝撃的な気づきがありました。 皆さんに聞きたいんですが、自分の「肺」って、どのくらいの大きさだと認識していますか? たぶん、ほとんどの人が、実際のサイズよりもかなり小さく見積もっているはずです。 テレビの健康番組で見るような、胸のあたりにちょこんと収まっているイメージ。 実は、私もそうでした。 解剖学の本も読んでいたし、知識としては知っていたつもりだった。 「肺は後ろ側にも広がっているんだぞ」なんて知識を人から聞けば、「そうだよね」なんて分かった顔をしていたんです。 でも、今日の武術の稽古で、それが全くの「つもり」だったことに気づかされました。
    肋骨の下の方、腹の脇まで「そこも肺なのか」と。 現実のスケール感で認識が繋がった瞬間、呼吸が一段、深くなったんです。

    「知識」と「認識」の決定的な違い

    よく「知識だけあっても意味がない」なんて言われますけど、私はそうは思いません。 もちろん、知識だけで体が動くわけじゃない。 でも、全く知らない人と、「正しいスケール」を知識として知っている人とでは、身体認識が育つスピードが全然違う。 私の場合、肋(あばら)の広がりや背中側への繋がりを、頭の中の設計図上で「現寸(げんすん)」に書き換えただけで、体の中の空間がガバッと空いたような感覚になりました。
    デバイス(肺)のスペックを正しく把握していないと、OS(脳・神経)はそれをフルに使い切る命令を出せない。
    これって、DIYの設計や設備の管理と同じですよね。 現場の寸法を間違えて認識していたら、どんなに良い部材を揃えても、まともなものは組み上がらない。

    自分自身の「仕様書」を更新し続ける

    多くの人は、自分の体の「仕様書」を、かなり適当なまま放置しています。 前側だけで、ちょこんと小さく息をしている。 それでは、本来持っている出力の半分も出せなくてもったいないじゃないですか。 「自分の肺は、脇腹のあんなところまで、背中のあんなところまであるんだ」 そう知るだけでも、体は変わります。 気づいた瞬間に呼吸が変わる、あの不思議な感覚。 理屈で納得したい「理系脳」の私にとって、こういう身体の合理性に触れる瞬間は、何物にも代えがたい稽古の醍醐味です。 皆さんも、一度自分の「肺の境界線」を疑ってみてください。 思っているより、あなたはもっと「大きく」息ができるはずですから。
  • 脱力についての考察

    脱力についての考察

    武術の「脱力」は、なぜ最強なのか。

    今日の稽古で、ふと腑に落ちた感覚があったんですよ。 武術をやってると、耳にタコができるほど言われるのが「自然体が大事だ」「脱力しろ」っていう言葉。 でも、これって初心者の頃は「力を抜いたら弱くなるんじゃないか?」って、どうしても疑っちゃうところなんですよね。筋肉を固めて、ガチッと構えた方が強そうに見えるじゃないですか。 ところが、実際に手を叩かれたり、不意に動かされたりしたときに、その正解がはっきりとわかる。 無駄な力が入っていない「ゼロ」の状態だと、打たれた瞬間に、手は勝手に元の位置へ戻ろうとするんです。
    この「復元力」こそが、次の動作への圧倒的なスピードを生む。
    結局、速さの正体は筋肉の瞬発力だけじゃない。 「元の状態にどれだけ速く戻れるか」という、システムとしての合理性なんですよね。

    「力み」という名のブレーキ

    逆に、最初から肩や腕に力が入っていると、どうなるか。 外から衝撃を受けたとき、その緊張が「壁」になっちゃうんです。 固まっているから、元の状態に戻ろうとする動きを自分自身の筋肉が邪魔してしまう。 動きが「ぎこちなく」なるのは、出力が足りないからじゃなくて、自分の入れた力が「ブレーキ」として作用しているから。 これって、すごく皮肉な話だと思いませんか。 「強くあろう」として入れた力が、結果として自分を縛り、反応を遅らせている。
    脱力とは、単に休んでいることじゃない。 「最も合理的に、かつ最短ルートで動くための準備」を整えることなんだ。
    最初から100の力が入っているところから101を目指すより、0の状態から動く方が、実は結果として「速い」し「強い」。 この逆転の発想が、武術の面白いところであり、物理的な真理なんだなと痛感しました。

    反応速度と復元の合理性

    「脱力=強い」と言われる理由は、根性論でも神秘体験でもなくて。 その「反応速度」と「復元の合理性」に集約される。 筋肉のパワーに頼っているうちは、いつか限界が来る。 私みたいに膝に爆弾を抱えていれば、なおさらそうです。 だからこそ、この「いかに自分を邪魔しないか」という視点が、生存戦略として重要になってくる。 これは武術の稽古場だけの話じゃなくて、日常の道具の扱いも、あるいは心の持ちようも同じかもしれません。 常にゼロに戻れる状態を作っておくこと。 それが、一番しなやかで、一番速い。 そんなことを考えながら、また明日からの研究に活かしていこうと思います。
  • キンドル本出版しました

    キンドル本出版しました

    いやぁ、驚きました。
    Kindle本2冊、構想から書き上げまで、実質3日ですよ。3日。
    いくら自分の思いを詰め込むとはいえ、ひと昔前なら考えられなかったスピードです。これ、本当にAI(軍師)のおかげなんですよね。感謝しかありません。

    「3日で2冊」という、AI時代のDIY

    「本を出す」なんて言うと、なんだか大層なことのように聞こえるかもしれません。
    でも、私にしてみれば、これも一つのDIYなんですよ。自分の頭の中にある「理(ことわり)」を、AIという最新の道具を使って形にする。不具合だらけの人生を、自分でリフォームしてきた延長線上に、今回の出版もあります。

    結局ね、一番伝えたかったのは「なぜDIYにこだわるのか」ってところなんです。

    私の原点は、10代、20代の頃にあります。
    社会に全く相手にされず、ホームレスまで経験して。「お前なんていらない」と背中を向けられたあの感覚。そこから這い上がるには、誰かに雇ってもらうのを待つんじゃなく、自分で自分を作り直すしかなかった。
    それが私のDIYの正体です。

    ロスジェネの仲間へ。見捨てたような真似はしたくない

    今でこそFIREなんて言ってますけど、世の中を見渡すと、どうしてもロスジェネ世代の苦戦が目につく。
    格差だなんだと言われる中で、「昔の俺みたいだな」って思う人がたくさんいるんですよね。
    そういう人たちをそのまま放置しておくのは、なんだか自分だけ逃げ切ったみたいで、どうにも寝覚めが悪い。

    「エゴかもしれませんけど、もし縁があるなら、手助けをしたい」

    そんなお節介な気持ちが、この2冊の本にはこもっています。
    私が必死に集めてきた「武器(資格や技術)」と、最新の「知恵(AI)」をどう組み合わせれば、もう一度人生のハンドルを握れるのか。
    大げさな教訓じゃなく、現場の熱量そのままを詰め込みました。

    3日で本ができる時代です。世界は思っているより、自分の手で変えられる。
    もし何かの縁でこの本を手に取って、あなたの人生と私の経験がどこかで繋がってくれたなら、これほど嬉しいことはありません。

  • FIREの残酷な真実

    FIREの残酷な真実

    「自分の生きる意味」を他人に聞く、その絶望的な間違い

    えーとですね、最後にもう一つ大切な話を。 お釈迦様も言ったそうですが、「自らの道は自ら照らせ」……本当にその通りだと思います。 私の周りにも時々いるんですよ。「私の生きる意味って何でしょうか?」なんて人に聞いちゃう人が。 正直に言っていいですか。 「知るか、そんなもん」って話ですよ。
    宗教、占い、カウンセリング、セラピー。それ自体を否定はしません。でもね、仮に相手に霊能力があって、あなたの未来を言い当てたとして、それであなたの人生は一ミリでも良くなりますか?
    やるのはあんたなんですよ。 証明のしようもない他人の言葉に、自分の人生の舵を握らせてどうするんですか。 もちろん意見を参考にするのは良いと思います。自分が持っていなかった視点を与えてくれるかもしれない。 それは否定しませんけど、結局、やるのはあなたなんです。

    「自由」という名の、逃げ場のない厳しい世界

    私は今、いわゆるFIREという状態で、今日一日何をするのも自分の自由です。 サラリーマン時代のように「会社に行かされる」こともありません。誰と関わり、何に時間を使うか。嫌なら「ごめんなさい」と言って断れる立場にあります。 でもね、これはある意味、ものすごく厳しい世界ですよ。 誰かに決められた仕事なら、結果が出なくても「決めたあいつが悪い」と文句を言えます。言い訳が効くんです。
    自由になった瞬間から、言い訳は一切通用しなくなります。 自分が考え、自分が行動し、その結果をすべて自分で受け入れる。それだけのことです。

    志は、誰かに「命令」されるものではない

    私が「志」を立てよう、と言っているのも、誰かに「こう生きろ」と命令されたからじゃない。 自分と向き合い、納得して「私はこのために生きて、死ぬ」と自分で決めたから、そう言っているだけです。 生まれも育ちも、生きた時代も人それぞれ違います。 その上で、どう歩むかを決めるのは、占い師でもAIでもなく、あなた自身でなければならない。
    誰かに決めてもらってそれに従って生きていくのは、私の人生にはありません。
    AIを使って効率化するのも、DIYで何かを直すのも、すべては「自分が自分の主導権を握るため」の手段です。 他人に答えを求めるのをやめて、自分の足で立ち、自分の道は自分で照らして歩いていく。 それが、私がこの「武術創造 DIY・AI研究所」で貫き通したい、たった一つの姿勢です。
  • AI時代の仕事の在り方

    AI時代の仕事の在り方

    【有料級】AIを「熟練の先輩」に変える、具体的な課題解決の作法

    えーとですね、ここからは少し具体的な「やり方」の話をしましょう。 これ、正直言って有料級の内容だと思って聞いてください。 何かトラブルが起きたとき、例えば「工作機械が壊れた」とします。 経験のある人間なら「たぶんあそこが怪しいな」と目星がつきますが、実はその「経験則」、今やAIも持っているんですよ。
    まずAIにこう聞くんです。「こういう状況で機械が止まった。考えられる要因を、確率の高い順に10個挙げてくれ」と。
    AIはネット上の膨大な事例を学習していますから、我々ベテランが辿り着く見解とほぼ同じ、精度の高いリストを一瞬で出してきます。

    百聞は一見にしかず――「AI画像診断」で現在地を特定する

    ただ、リストだけではまだ不十分です。 ここで「百聞は一見にしかず」。スマホで現場の写真を撮って、AIに投げるんです。 「この画像を見てくれ。さっきの10個の要因のうち、どれが一番怪しいと思う?」 そうするとAIは、「この部品の焼け焦げ方が怪しいですね」「こっちの配線が緩んでいる可能性があります」と、優先順位を書き換えてきます。 これはまさに、現場で「先輩、これ見てくださいよ」「おう、そりゃここが原因だよ」とやり取りするのと同じ。AIを「熟練の先輩」として使いこなすわけです。

    目的地にたどり着けないのは、あなたの「現在地」が不明だから

    ここで一番大事なのは「検証」です。 目的地に行くには、まず自分の現在地を知らなきゃいけませんよね。
    私が昔、膝の怪我がなかなか治らなかったのは、自分の体の「現在地」を正しく検証できていなかったからなんです。
    AIは「検証のやり方」を教えてくれます。「テスターをここに合わせて、電圧を測ってください」と。 でもね、実際にテスターを持って、正しく測定するのは「あなた」なんです。
    テスターの使い方も知らない、前準備もできない。それではAIがどれだけ優秀でも、一歩も前に進めません。

    AI×DIY――これこそがこれからの「仕事」の形

    原因がわかれば、あとは直すだけ。 AIに診断させ、自分の手(DIY)で検証し、対処する。 ね、AIとDIY、両方必要でしょう? 「AIが使えるから何でもできる」なんて傲慢だし、「DIYができるからAIはいらない」なんて時代遅れです。 AIという最高の知能を借りながら、自分の手を汚して現実を変えていく。 これこそが、組織のレールを降りた私たちが、自分の足で立ち、生きていくための「現代の仕事術」なんです。
  • 人間とAIの相剰創育

    人間とAIの相剰創育

    10年かけて培った「職人の見立て」を、AIが数秒で言い当てた日

    えーとですね、AIの話に戻ります。 最近、ある衝撃的なことがあったんですよ。 知り合いから「工作機械が壊れた、どうにかならんか」と相談を受けましてね。試しに、その壊れた機械の内部を写真に撮って、AIに投げてみたんです。 「何がおかしいと思う?」って。 そうしたらね、AIが出してきた回答が、私の見解と100%一致したんですよ。 「この部品が焼けていて怪しい」「ここをテスターで調べてみてください」「手順はこうです」……。
    私が10数年の経験と資格の勉強で積み上げてきた「判断」を、AIは一瞬で、しかも完璧にやってのけた。正直、少し怖くなりましたよ。「俺のやってきたことは、もう役に立たないのか?」ってね。

    「AIの脳」に足りない、たった一つのこと

    でもね、すぐに気づいたんです。 AIは「どこが悪いか」を教えてくれるし、修理の手順も完璧に示してくれる。 でも、実際にテスターを当て、ネジを回し、部品を交換するのは、誰ですか? そう、私たち人間です。手を動かす「DIY(Do It Yourself)」の精神だけは、AIには絶対に代替できない。
    AIが「脳」なら、私たちは「手」です。どちらか片方だけでは、これからの時代、自分の足で立ち続けることはできません。
    AIが使えるから何でもできるわけじゃない。DIYができるからAIなんていらない、という話でもない。 「AIを使いこなしながら、自分の手で修理する、作る、生き抜く」。 これが私の活動の核心であり、今皆さんに一番伝えたいことなんです。

    AIと共に、自分の手で未来を直す

    AIに指示を仰ぎながら、基本的な道具の使い道さえ知っていれば、今までプロにしかできなかったことが、あなたの手でできるようになる。これって、ものすごくワクワクしませんか? 「AIに職を奪われる」と怯える必要はありません。 むしろ、AIという最強の「相棒」を雇って、自分自身の可能性を広げるDIYをすればいい。
    頭脳はAIに。情熱と実践は自分の手に。
    これが、武術創造 DIY・AI研究所が提案する、新しい時代の「職人の姿」です。 さあ、最新のAIを片手に、まずは目の前のガラクタを直すところから始めましょう。
  • 志はアップデートするもの

    志はアップデートするもの

    人生最悪の「陰」なんて、一つに絞れるわけがない

    えーとですね、先ほどお話しした「陰志(いんし)」……自分の嫌な経験から志を出すワーク。これ、実際にやってみると、ものすごく難しいんですよ。 「人生で一番苦しかったことは何ですか?」 「そこから何を学びましたか?」 そう問われてもね、正直、一番なんて決められませんよ。 交通事故、ホームレス、会社の夜逃げ……。その時その時で、全部必死でしたし、全部きつかったですから。
    あえて挙げるなら、私は作業療法士の養成校を3年で中退した時でしょうか。 「これでようやく普通のレールに戻れる」と信じて3年積み上げたものが、ガラガラと崩れ落ちた時のあの無力感。
    あの時は「段取りの大切さを学んだ」なんて自分を納得させていましたけど、今思えば、それだけじゃ語り尽くせない複雑な感情があったわけです。

    志は「固定」ではなく「アップデート」していくもの

    武学の先輩方もおっしゃっていますが、志っていうのは、やるたびに変わっていいものなんです。 人間、生きていれば価値観も変わるし、新しい経験も積む。 一度決めたら一生それで行かなきゃいけないなんて、そんな窮屈なものじゃないんですよ。
    大事なのは、その時々の自分が抱えている「陰」の感情と、逃げずに向き合い続けることです。
    AIの技術を追いかけて消耗した半年前の私も、養成校で絶望していた20代の私も、今の私から見れば「必要な経験」の一部。 その時々の解釈で、志をどんどんどんどん書き換えていけばいい。

    「今の自分」にしか語れない言葉を磨く

    今の私は、かつての自分のような「レールから外れた恐怖」や「無力感」を知っています。 だからこそ、AIという最新道具を使いながらも、地に足をつけて「自分の手で生き抜く術」を伝えたいと思える。 もしあなたが「一番の挫折」が見つからなくて悩んでいるなら、それはあなたがそれだけ多くの困難を乗り越えてきた証拠です。 無理に一つに絞らなくていい。 今感じているその「難しさ」や「迷い」すらも、あなたの志を形作る大切なパーツなんですから。
    最新のAI機能より、あなたの「ボロボロの履歴書」の方が、誰かを救う力を持っている。
    私はそう信じて、今日も志をアップデートしながら、この研究所の活動を続けています。
  • ネガティブなエネルギーも大事

    ネガティブなエネルギーも大事

    「嫌な経験」こそが、人生を動かす真のエネルギーになる

    えーとですね、先ほど「志」の話をしましたが、もう少し深くお話しします。 武学の世界では、自分がやって楽しかったことから導き出す「陽志(ようし)」の次に、「陰志(いんし)」という段階があるんです。 これは、自分が嫌だったこと、辛かった経験から「自分はどう生きたいのか」を見出すもの。 実はね、人間にとってはこの「ネガティブな気持ち」から出てきた志の方が、はるかにエネルギーが強いんですよ。
    「あんな思いは二度とごめんだ」「あの時の悔しさを、誰かには味わわせたくない」 そのドロドロとした負の感情が、自分を突き動かす最強の燃料になるんです。

    過去のどん底は、未来への「必要経費」だった

    私の人生も、振り返ればボロボロでしたよ。 10代での交通事故、ホームレス同然の生活、会社の夜逃げ、投資での失敗……。 その最中にいる時は「なんで自分だけこんな目に」と、それこそ今の感情で「嫌だ嫌だ」と言っていました。 でもね、最近ようやく思えるようになったんです。 「あの経験がなかったら、今の私はいないし、こんな話もできていない」と。
    今の私にとっての「嫌な出来事」も、実は望んでいる境地にたどり着くために、どうしても通らなきゃいけない「ただの経験」に過ぎないのかもしれない。
    そう考えると、人生の解釈がガラッと変わりますよね。 AIの情報を追いかけて疲弊したあの半年間も、高額セミナーに金を捨てたあの経験も、今の「地に足がついた自分」を作るための必要経費だったわけです。

    その「怒り」や「不満」を、正しく使いなさい

    もしあなたが今、何かにイライラしたり、現状に絶望したりしているなら、それはチャンスですよ。 そのネガティブなエネルギーを、小手先の「AI副業術」なんかに逃がしちゃいけない。 「自分は一体何が嫌なのか」「どうしてこんなに腹が立つのか」 そこを掘り下げていくと、あなたが本当に成し遂げたい「志」の尻尾が見えてきます。
    嫌な経験を「ただの不運」で終わらせるか、人生を切り拓く「武器」に変えるか。 そこが、職人として生きるか、ただの消費者で終わるかの分かれ道です。
    私もまだまだ、嫌なことは起こります。 でも、それを「ああ、これもまた必要な経験なんだな」と笑えるくらいの余裕を持って、自分の志を磨いていこうと思っています。
  • 生きる意味とは?

    生きる意味とは?

    「何のために死ぬか」という問いが、迷走を止めた

    えーとですね、私が迷走していた時期に出会ったのが、武術(武学)の世界で大切にされている「志(こころざし)」という考え方でした。 「あなたは何のために生き、何のために死ぬんですか?」 「何を成し遂げれば、我が人生に悔いなしと言って死ねますか?」 そんな問いを突きつけられるわけです。 今の時代、明日命がなくなるなんてリアルに感じることはまずありません。でも、かつて武術が生き残るために不可欠だった時代、先人たちは常に「死」を隣に置いて、この境地を追い求めてきた。その本質だけは、現代を生きる私たちも無視しちゃいけないと思うんです。
    この「志」という軸がないまま、どれだけ便利な道具(AI)を手に入れても、それは魂の抜けたガラクタ遊びに過ぎない。

    「陽志(ようし)」――まずは、自分がやっていて良いなと思えること

    武学のワークを通じて自分と向き合う中で、ようやく見えてきたものがあります。 それが「陽志(ようし)」というもの。日向のように、自分がやりたいと思えることで誰かの役に立ち、明るく照らす志のことです。 「魂の志」なんていう高尚な域にはまだ至っていません。でも、私にはこれまで泥をすすりながら積み上げてきた、土建や電気、ビル管理、そして挫折の経験がある。 これを必要としている人に、何らかの形で伝えて役に立ててもらうこと。なんだかんだで、人に指導している時が私には楽しい。職業訓練校の非常勤講師もそうでしたし、今の講師業もそうです。FIREしている身でも続けているわけですから。それが今の私の「志」なんだと、ようやく腑に落ちました。
    志が決まれば、扱うべきAIも、その使い方も自ずと定まってきます。

    ようやく「地に足がついた」AI活用

    志が定まってからは、もういたずらに最新機能を追いかけることはなくなりました。 「この機能は私の志(誰かの役に立つこと)に繋がるか?」というフィルターを通すだけでいいからです。 かつて半年間、ねずみ車を回すように情報を追いかけていた頃の自分に言ってやりたいですね。「まず道具を置け、自分の中を見ろ」と。 ようやく最近になって、地に足がついた使い方ができるようになってきました。 AIに踊らされるのではなく、自分の足で立ち、自分の志のためにAIを使いこなす。 これが「武術創造 DIY・AI研究所」が目指すべき、職人の姿なんだと確信しています。