参政党に参加で見えた「組織」の限界と、その先にある「個」の繋がり
海外では早々に解消されつつあったコロナ騒動の「おかしさ」が、日本では4年以上も続きました。まさかこれほど長引くとは思っていませんでしたが、数年間にわたる社会の思考停止を目の当たりにし、「どうにかしてくれ」という思いが行動に変わりました。
その中で私は、当時立ち上がったばかりの「参政党」に加わりました。「自分たちで考え、自分たちで創る」という理念に惹かれたんです。世間ではいろいろ言われていましたが、少なくとも当時の私には、同調圧力に抗う唯一の勢力に見えました。
しかし、実際に中に入ってみて直面したのは、理想とは裏腹な「組織」の現実でした。 「みんなで話し合って決める」はずが、結局は「本部が言っているから」「支部長が決めたことだから」と、思考を止めて従うだけの構造。かつて私が嫌った「組織のしがらみ」が、そこにも形を変えて存在していました。
「組織の看板が何であれ、運用するのは人間。そこにはまた別の同調圧力が生まれ、自分の正義を疑わない人々が他者を裁き始めていた」
集まった人々の中には、極端な健康原理主義などに傾倒する層も一部におり、そうした方々と理屈の面で対立することもありました。しかし、救いだったのは、党員の中にも私と同じように冷静に状況を俯瞰し、極端な思想を嫌う「まともな感覚」を持った方々が確実にいたことです。
組織の運営方針には疑問を感じることもありましたが、そこで出会った価値観の近い仲間たちとの交流は、今でも大切に続いています。結局、看板がどうであれ、最後に残るのは「個人」としての信頼関係なのだと痛感しました。
誰かが決めたルールに盲従するのも、組織のトップを絶対視するのも、私に言わせれば同じです。 私は、どちら側にも与したくない。 ただ、自分の目でデータを見、自分の身体で理(ことわり)を感じ、信頼できる個人と繋がる。 その「個」としての誇りを守ることが、何より重要だと確信しました。
さて、長々と私の半生を語ってきましたが、最後は、今この息苦しい社会で立ち往生しているあなたへ、メッセージを伝えて終わりにしたいと思います。
