狂騒のコロナ禍:データと理屈が通じない「思考停止」の社会
コロナ騒動の当初、私もテレビやネットを見て「大変なことが起きた」と構えていました。 しかし、建築物環境衛生管理技術者として、日々現場のデータを扱い、事実を積み上げる立場から見ると、報道されている内容にはあまりにもおかしな点が多すぎたんです。
例えばPCR検査。本来、医療の確定診断にそのまま使うものではないと明記されていたはずなのに、いつの間にかそれが「絶対の基準」にすり替わっている。 緊急事態宣言が出てテナントが休みになり、皮肉にも時間ができた私は、徹底的にデータを分析しました。
何より腹立たしかったのは、マスクをしない人間を「非国民」のように扱う世間の同調圧力です。 咳エチケットとしての意味はわかります。でも、症状がない人間まで常時着用を強要され、それをしないと施設にも入れない。メーカーの箱にさえ「ウイルスは防げません」と書いてあるのに、なぜ皆、その矛盾に目をつむるのか。
「よくわからないから、できることは全部やれ」という考えもわからなくはない。 でも、3月末の時点で数字のピークは過ぎており、例年の傾向と同じだとデータが示している。理屈よりも「空気」を優先し、異分子を排除しようとする社会の姿に、私は底知れぬ恐怖と嫌悪感を感じました。
理系脳の私にとって、根拠のないルールに従わされることほど苦痛なことはありません。 組織という大きな船が、根拠のない「空気」だけで舵を切り、崖に向かって進んでいく。 その船に乗っていること自体が、私にはもう耐えられなかったんです。
この「社会の狂気」を目の当たりにしたことが、私に最後の一歩を踏み出させました。 組織の看板も、安定した給料も、この「思考停止の集団」から抜け出すためなら惜しくはない。
こうして私は、自分の手で人生を構築する「完全な自立」へと舵を切ることになります。 これが、私の長い旅路の、ひとまずの終着点であり、新たな始まりです。
