戦略的撤退:工場の夜勤派遣と「牙を研ぐ」時間
講師としての任期を終えた私を待っていたのは、凄まじい建築不況でした。 20代後半、まともな実務経験もない人間を、ま当な待遇で受け入れてくれる現場なんてどこにもない。それが当時の、偽らざる現実でした。
けれど、私の中には不思議と絶望はありませんでした。 むしろ、「大工修行」と「講師経験」を通じて得た、一つの確信があったんです。
「自分は、やればできる。この手応えさえあれば、必ずここから再起が図れる」
今すぐやりたいことが仕事にできないのなら、まずは経済的な余裕を作ろう。そう割り切りました。 もちろん、その仕事を一生続ける気なんてサラサラありません。あくまで「数年で金を貯める」と期限を決め、私は工場の派遣社員という道を選びました。
選んだのは、過酷な夜勤のある現場。月収30万ほどにはなりましたが、それは文字通り、自分の時間と肉体を削って手にする金でした。
周囲から見れば、またフラフラと職を変えているように見えたかもしれません。 でも、私の中では明確な「戦略」がありました。 金を貯め、その間に次の武器を仕込む。あの倉庫生活や、会社の夜逃げを生き抜いてきた私にとって、工場のルーチンワークは「牙を研ぐための潜伏期間」に過ぎなかったんです。
「非正規でいい、工場の派遣でいい。ただし、魂まで売ったわけじゃない」 単調なライン作業の中で、私は常に「次の一手」を考えていました。 この時期の肉体的な無理が、後に膝の古傷を悪化させることになるとは思いもしませんでしたが……。
工場の夜勤で金を貯めながら、私は次の戦場を見定めていました。 それが「電気・設備」という、理論と現場が高度に融合する世界への扉でした。
