通帳の「20万円」が超えられない壁:エリート意識の残骸と格差
現場に入ってからというもの、付き合う人間も、時間の使い方も一変しました。 国立、国立と歩んできた自分の中には、どこか「自分は頭が悪い方じゃない」というエリート意識の残骸のようなものがあった。けれど、現場で毎日顔を合わせる仲間たちは、仕事が終われば酒を飲んで、わーっと食べて、その日が終われば満足という生き方の人たちばかり。
今の私なら、それも一つの尊い生き方だと心から認められます。でも、当時はまだ若かった。
ふとした瞬間に、風の便りで同級生たちの近況が届くんです。 「あいつはどこそこの病院で講師になった」「あいつはボーナスがこれくらい出た」。 正規雇用で有給もあって、着実に社会の階段を登っている彼らと、日給月給でその日暮らしの自分。
冗談抜きで、金が貯まらないんです。 当時付き合っていた学生時代の同級生の彼女と、卒業から1年後に会った時の衝撃は忘れられません。彼女の通帳には、すでに100万円以上が貯まっている。
「この差は何なんだ?」
比べることに意味がないと分かっていても、どうしても比べてしまう。 今でも、同世代の人間と自分を比べて「俺はどうかな」と思うことはあります。でも、20代のあの頃に感じていた劣等感は、もっと鋭利で、もっと逃げ場のないものでした。
社会のメインストリームから完全に脱落したという実感。 自分の選択の結果だとは分かっていても、同年代が手に入れている「安定」という名のチケットを持っていないことが、これほどまでに重くのしかかるとは思っていませんでした。
しかし、この「通帳20万円の壁」に絶望していた男が、後に電験三種を手にし、FIREを実現させる。 人生、どこでどう転ぶか分からないものです。
次回、そんな私に追い打ちをかけるように訪れた「会社の夜逃げ・倒産」というさらなる絶望の話をしましょうか。
