武術創造 DIY・AI研究所
武術創造 DIY・AI研究所 BUJUTSU-CREATION-DIY-AI LAB

第2話

「東京に行けば、何かがある」と信じて飛び出した結果

大学を続けるのが嫌で嫌で仕方なかった当時、私の目を惹いたのは本の中の世界でした。 自分の知らない、もっと「すごい世界」があるんじゃないか。その一つが武術の世界でした。

どうせ教わるなら、その世界のトップクラスに教わりたい。でも、そういう先生はだいたい東京か大阪にいる。 当時はインターネットなんてないし、SNSもない。情報は本やテレビしかない時代です。今みたいに指先一つで情報が取れる時代じゃなかった。

「だったら、東京に行くしかねえじゃねえか」

そう決めたはいいものの、金なんて一銭もないわけです。 住む場所と仕事、それらを同時に確保するために私が選んだのが、当時の「新聞奨学生」という制度でした。

親からは当然、猛反対されました。せっかく国立大学に入れたのに、それを中退して新聞配達だと。 でも、もう「これは私の人生だ」と押し切るしかなかった。親には申し訳ないと思いつつも、東京へ飛び出したんです。

「約束と、話が全然違うじゃないか」

東京に着いて待っていたのは、あまりにも残酷な現実でした。 聞いていた条件とは似ても似つかない。朝刊を配ればあとは自由な時間があって、お金もそこそこ貰える……そんな甘い話じゃなかった。

朝刊が終われば夕刊の配達、さらには集金、挙句の果てには新規購読の営業までやらされる。 自由な時間なんてどこにもない。丸一日拘束されて、手元に残る給料は世間のサラリーマン相場から見ても「これ、どうなんですか?」というレベル。

完全に計算が狂いました。 「こんなはずじゃない」と、条件を求めて別の販売店へ移ったんですが、そこはもっと酷かった。

自分の手で人生を掴もうとした結果、さらに深い泥沼に足を突っ込んでしまった。 若さゆえの無鉄砲さと、世の中の理不尽さが、私をどんどん追い詰めていったんです。

さて、ここからどうやって道端に放り出されることになるのか。 2回目はこんな感じでいいですかね。次は、その「もっと酷かった場所」での顛末をお話ししましょうか。